正しさよりも大切なこと

2018年08月17日

若い頃の痛い価値観から出てきた僕なりの答えについて書きます
恥ずかしい内容ですが、過去の僕と同じような人を救えたらなと思って書きます。

僕は今まで「自分が正しい」と思いながら生きてきた理屈人間です
「正しい自分」の正しさを突き詰める事価値のある人間になれる道だと思って
生きて来ました。

僕の思考にはきっと黒と白しか無かったのでしょう
そして、今考えるとかなり痛いのですが・・・

僕は何かある度に「これは正しいのか?正しくないのか?」凄く考えて
考えて考えて毎日を過ごし「誰よりも価値のある聖人」になろうとしていました。

そして自分の正しさからズレた人間は無価値だと思っていました
なぜならば

「自分が突き詰めた価値観からズレた価値観」→「間違えている」

という、今考えると凄く自己中で性格の悪い考え方をしていたからです
良く言えば真面目完璧主義
悪く言えば自分に自信が無かなかったからだと思います。


自信が無い
から理論武装して
『誰も論破出来ない、非がどこにも無い正しい聖人』
を目指していたということです。

そして
「自分が間違っていれば人が注意してくれるだろう」
「悪いところがあればそれを直して正しさの精度を上げればいい」

そんな理屈で生きて来ました
でもそれでは、僕はあまり愛されなかったのです
それは何故かと言いますと・・・

まず、そもそもそんな面倒な奴を注意する人が居ないのもそうなのですが
人間関係において「正しいか正しく無いか」はあまり重要ではなかったんですよね。

例え人間関係で何かを間違えてても、お互いが気分が良くて納得すれば
大抵の場合それで良いのです。

誰しも自分は正しいという価値観を持って居ます

そしていつでも互いの正しさがぴったりと合う人間は存在しないのです。

どういう事か?というと

好きな人には申し訳ないのですが・・・

僕は納豆が嫌いです
わざわざ好んで食べる人間があまり理解出来ません 

でも、納豆が大好きな人は世の中には沢山います                   納豆が嫌いな人しか世界にいなければ納豆工場はこの世に存在しません。

で、ここで問題です
「納豆が好きな人と嫌いな人、どっちが正しいでしょうか?」

あなたは言うでしょう

それは人の好みだから正しいとか無いのでは?

そう、それが正解です。

僕の感覚では納豆は美味しくなくても、納豆が好きな人の中には            毎日でも食べたいくらい美味しいって言う人もいます

つまり「ただの食べ物の好み」です。

わかりやすく食べ物で例えましたが                         「ただの好み」という答え・・・・

これは「食べ物だから」ではありません

数式等の絶対的な解が出るモノ意外、ほとんどに当てはまるものだと
僕は思います。


例えば「生き方」

「人と浅く広く関わる人」と「深く狭く関わる人」

どちらが正しいのでしょうか?


「嫌われてでも正直に生きる人」と「相手の為に偽りの自分で生きる人」

どちらが正しいのでしょうか?


「男らしさにこだわる事」「男女に捉われずに生きる事」

どちらが正しいのでしょうか?

答えはどちらも「正解であり間違い」
結局は「選ぶ人の好みや立場で変わる」

それが答えだと今の僕は思います。

話を戻すと自分の価値観に捉われる人
相手の価値観を否定するだから愛されないのです

きっと世の中のモテない男性はこういう
自分の正しさに捉われている
から愛されないんだと思います

誰しも自分の正しさの奴隷です
犯罪者の人ですら、自分の価値観の正しさに従っている
従っているからこそ犯罪を犯してしまう
のです。

つまりは「犯罪者も自分が正しい」と思って生きています
自身の正しさを突き詰める事では聖人にはなれないどころか人から嫌われます。

人に愛される為には、人の価値観を認めてあげる事
理解しようとしてあげる事
です
ならば「自分の価値観を捨てる事が正しい」のか?

僕は過去にこの問いに苦しめられました
「相手の価値観になんでも従っていたら自分である意味がないんじゃないか?」
「相手と自分との価値観の差に直面する度に相手に合わせる辛さを感じる」

そう、好かれる為に自分の価値観を捨ててしまっては
「ただの自分の無いイエスマン」になってしまいますし
自分を曲げる事はメンタル的にも結構辛いモノがあります。

だから自分の価値観と相手の価値観の両方を大切にする
そんな正しさとは違う中間の道、色で言えば灰色
それがきっと、本当に愛される人間への道なんだと思います。

もちろん、どうしても受け入れられない事まで受け入れなくてもいいと思います     僕はクチャラーの人が嫌いですし、劣等感の世話を僕に押し付ける人も嫌いです。

誰からも好かれる事を考えてしまえば、嫌な人間にも気に入られ            本当に好かれたい人に好かれません。

だから、無理する事はないと思います。

何が言いたいのかと言うと「自分の価値観」「好きな人の価値観」          両方を大切にする、そんな「愛のある価値観」で生きることこそが
幸せになれる最善の考え方
なんじゃないかな?
っていうのが僕の今の価値観という事です。

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